家康公と日善上人

本堂へと続く坂道の途中に当山第七世日善上人と、徳川家康公の対談の模様を、再現したブロンズ像があります。家康公が鷹狩の際、休憩に使った「東金御殿」(現県立東金高校敷地)で家康公と会談。その八ヶ月後、「大阪冬の陣」(慶長十九年、一六一四、十一月)の直前にも、駿府城内で家康公に拝えつ。しばし話し合いを行っていたことが「駿府記」(慶長十九年九月)に「二十日、上総國東金西福寺日善上人御目見日蓮宗也」と出ている。また、「台徳院実記」(慶長十九年、九月二十日)にも「総州東金西福寺日善」駿府城にのぼりて拝謁す」とある。このような歴史を後世に残そうと、現住職が発願し、市内出身の日展会員、上野弘道氏(千葉大教授)により製作安置されたものです。「最福寺」は上総十ヶ寺の一つで、家康公から三十石の寺領を受けている「御朱印寺」でもあります。